うき「結人……くん? 台所で、なにしてるの?」
結人「あ、うきさん……。見つかっちゃった……」
うき「もしかして、お料理、しようとしてるの?」
結人「うん。今、お父さんも乃々姉ちゃんも拓留兄ちゃんも、すごく、忙しそう……でしょ。食事、作る人いないなあって思って」
うき「それで、結人くんが?」
結人「そう。いつもはね、乃々姉ちゃんがほとんどやってるんだけど、僕も、乃々姉ちゃんのこと、手伝ったりするんだよ」
うき「そうなんだ。すごいね。お料理のお手伝いができるなんて」
結人「本当に、手伝いだけ、だけど。あ、でも、乃々姉ちゃんからね、お姉ちゃんよりは筋がいいって誉められたことが――あっ」
ゆき「キャッ」
結人「あ、お茶碗、落としちゃった。手、滑って……」
うき「私が拾うから。結人くんはじっとしてて。素手で拾おうとしちゃダメ。指を切っちゃう」
結人「……お茶碗、割っちゃった」
うき「うん……」
結人「割れちゃった……。お姉ちゃんの、お茶碗なのに……。どうしよう、くっつけなきゃ。うきさん、どうしよう、どうしよう……割れちゃったよ。元に……元に戻さないと……!」
うき「結人くん!」
結人「…………っ」
うき「落ち着いて。ね?」
結人「僕……僕は……」
うき「気を遣わないで。無理しないで。結人くん、さっきまでずっと、お部屋で泣いてたでしょう? 我慢しなくて、いいから。みんなの前でも、泣いてもいいから。辛いなら辛いって、言ってもいいから。悲しいなら悲しいって、言ってもいいから。みんな、ちゃんと分かってるよ? 私は、まだここに来て日が浅いけど……、乃々さんや拓留さん、佐久間先生は、絶対に、結人くんの気持ち、受け止めてくれるから」
結人「…………」
うき「このお茶碗、割れちゃったけど、集めて、取っておくね?」
結人「うん……」
うき「それで、結人くんのお料理、私も手伝う。いいかな?」
結人「本当? ありがとう、うきさん……。あのね、僕、お、お姉ちゃんの……分も……」
うき「そうだね。結衣さんの分も、ちゃんと作ってあげなきゃ。きっと、天国でお腹をすかせてるだろうから」
結人「……うん。あ、うきさん、これ……。このエプロン、使って、ください」
うき「え、でもこれ、結衣さんのじゃ……」
結人「お姉ちゃんもきっと、使ってもらった方が、喜ぶと思うし……」
うき「……分かった。それで、なにを作ろうか?」
結人「僕、難しいのは……作れなくて……。豚汁、みたいなものにしようかなって……」
うき「うん、いいと思う。温まるし。材料も、冷蔵庫にちょうどあるし」
佐久間「おーい。さっき派手な音がしたが、大丈夫か?」
うき「あ、佐久間先生」
佐久間「……! ゆ、結衣か……!?」
うき「え?」
佐久間「あ、いや……うきちゃんか。そのエプロンをしていたから、見間違えちまった……」
うき「…………」
佐久間「ふう……。いかんな。ざまあない。年取ると、どうも涙もろくなっちまうぜ……。くっ」
結人「お父さん……」
うき「佐久間先生……」
佐久間「俺は結衣に、父親として大したことはしてやれなかった。でも、気が付きゃ結衣は、乃々そっくりに成長してた。この前、乃々がケガしたときだって、率先して台所に立ってくれたしな。しかも、乃々とまったく同じ味付けだったんだぞ? ははは、そりゃ、乃々に教わってたんだから、当然っちゃ当然なんだが、俺は結衣の作った味噌汁を飲んで、感動しちまってなあ……」
結人「お姉ちゃんは、乃々姉ちゃんみたいになりたいって、いつも、言ってたから」
佐久間「ああ、そうだな。俺にまでよく小言を言ってくるところなんか、乃々そっくりだった」
うき「…………」
佐久間「……俺は独り身だ。これまでずっと、でたらめな生き方をしてた。今でもしてる。医者をやっちゃいるが、こんななりだったこともあって、わざわざうちを受診しようって患者は多くなかった」
結人「『話せばいいおっちゃんなのに』」
佐久間「そう、結衣によく、そう言われたな。まったく、あいつは遠慮がねえよ。ははは……」
うき「先生……」
佐久間「渋谷地震の後、乃々、拓留、それに結人と結衣のことも、引き取って、俺は、本当に、救われたんだよ」
結人「そう……なの?」
佐久間「そうだぞ。あの地震のときは、渋谷のあちこちを走り回って、たくさんの仏さんと向き合ったもんさ。だから気が滅入っちまってた。さすがに一人で抱え込むにはキツかったんだ。こうしてなんとかまともでいられるのも、お前らと一緒に暮らしてきたおかげさ。こんな俺でも、誰かの助けになることができたって思えた。それで救われたんだ」
結人「…………」
佐久間「なあ、結人。お前は、まだ俺のところにいてくれるか?」
結人「え?」
佐久間「いてくれ。な? これからも、ちゃんと面倒見るから。頼む……」
結人「お父さん……」
佐久間「頼む……」
結人「…………」
うき「…………」
結人「あの……ね、お父さん。お姉ちゃんは、ここが、青葉寮が、大好きだったよ。お姉ちゃんが好きな場所は、僕だって、大好きなんだ。それに僕、お父さんとも、乃々姉ちゃんとも、拓留兄ちゃんとも、離ればなれに、なりたくないから……だから……っ! ここに、いる……! ずっと、いたいよ……!」
佐久間「そう、か。そうかぁ……。ありがとな、結人……。ありがとなぁ……」
結人「うん……。グスッ……」
佐久間「うきちゃんも、いつまででも、いてくれていいからな」
うき「はい」
佐久間「俺たちは家族だ。6人でひとつの家族なんだ。ごっこ、かもしれねえけどな。お前たちには、必要なことなんだ……。好きなことを、好きなだけやれる。そんな生き方を、お前たちにはしてほしい。それが、俺の今の、なによりも大事な、願いなんだ」